「事業が軌道に乗ってきた。そろそろ法人にした方が税金は安くなるのだろうか」——個人事業主・フリーランスが一度は考えるのが法人成り(法人化)です。
法人成りには、所得税と法人税の税率構造の違いを活かした節税や、社会的信用の向上といったメリットがあります。一方で、社会保険への加入義務や事務負担の増加など、見落とされがちなデメリットもあります。「所得がいくらを超えたら法人化」といった目安もよく語られますが、それだけで判断すると失敗することがあります。
この記事では、法人成りのメリットとデメリット、そして判断の目安と落とし穴を、中立的に整理します。特定の結論を押しつけるものではなく、あなたが税理士と相談して判断するための材料としてお使いください。
法人成りとは
法人成りとは、個人事業主として営んでいる事業を、新たに設立した会社(法人)に引き継ぐことをいいます。事業主個人は法人の代表者(役員)となり、法人から役員報酬を受け取る形になります。
税金の観点では、これまで事業のもうけ全体にかかっていた所得税が、法人のもうけにかかる法人税と、代表者個人の給与にかかる所得税に分かれます。この構造の違いが、法人成りの損得を考えるうえでの出発点です。
法人成りの主なメリット
税率構造の違い(所得税の累進 vs 法人税の比例)
所得税は、所得が増えるほど税率が上がる超過累進税率で、5%〜45%の7段階です(国税庁 No.2260「所得税の税率」、令和7年4月1日現在。このほか復興特別所得税として基準所得税額の2.1%が上乗せされます)。一方、法人税は所得の大きさにあまり左右されない比例的な税率で、中小法人なら年800万円以下の部分に15%、超える部分に23.2%です(国税庁 No.5759「法人税の税率」、令和7年4月1日現在)。
そのため、所得が大きくなるほど、法人化して所得税と法人税に所得を分散した方が、全体の税負担を抑えられる可能性があるという考え方が成り立ちます。ただし、これはあくまで税率だけを見た場合の一般論です。後述のとおり社会保険料まで含めると単純ではなく、法人化が有利になるとは限りません。
法人税の税率区分や、地方税まで含めた実質的な負担割合(実効税率)については「法人税の税率と実効税率|中小企業の軽減税率もわかりやすく解説」で詳しく解説しています。
なお、法人税率の15%には例外もあります。令和7年4月1日以後に開始する事業年度で所得金額が年10億円を超える法人は、年800万円以下の部分の税率が17%となります。ただし、これは所得規模の大きい法人向けの取扱いで、個人事業から法人成りする段階では通常あてはまりません。
給与所得控除を使える
法人から代表者へ支払う役員報酬は「給与」となり、受け取る個人側で給与所得控除を差し引けます(国税庁 No.1410「給与所得控除」)。個人事業主の青色申告特別控除(最大65万円)とは別枠の控除であり、所得の一部を給与に振り替えることで課税所得を圧縮できる場合があります。ただし、役員報酬は法人の損金になる一方で本人の給与所得となるため、法人・個人を通算した税負担で見ないと効果は判断できません。
なお、役員報酬は「いくらに設定するか」で法人税・所得税・社会保険料のバランスが大きく変わり、金額や改定のタイミングにも法人税法上のルールがあります。詳しくは「役員報酬の決め方|損金にできる条件と改定のタイミング」をご覧ください。
欠損金(赤字)の繰越期間が長い
事業の赤字(欠損金)を将来の黒字と相殺できる繰越期間は、個人事業主(青色申告)が最大3年であるのに対し、法人(青色申告)は最大10年です(国税庁 No.5762。平成30年4月1日前に開始した事業年度に生じた法人の欠損金は繰越期間9年)。赤字が出ても長期間にわたって取り戻せるため、事業の変動が大きい場合に有利に働くことがあります。いずれも青色申告が前提です。
社会的信用・資金調達・有限責任
法人は個人事業主より社会的信用が高まりやすく、取引先の拡大や金融機関からの資金調達の面で有利になることがあります。また、株式会社などでは、原則として出資額を限度とする有限責任となります(個人事業主は無限責任)。ただし、中小企業の借入れでは代表者の個人保証を求められることも多く、有限責任が常に及ぶわけではありません。
法人成りの主なデメリット
社会保険の強制加入
法人になると、代表者一人であっても健康保険・厚生年金(社会保険)への加入が原則として義務になります。保険料率は、厚生年金が報酬の18.3%、健康保険が協会けんぽで報酬の約10%(都道府県で異なり、令和8年度の全国平均は9.90%。40歳以上はさらに介護保険料が上乗せ)で、いずれも会社と本人で折半します。合計するとおおむね報酬の約30%前後が保険料としてかかり、その半分を会社が負担する形です。会社負担分と本人負担分を合わせると、国民健康保険・国民年金だった頃より負担が増えるケースが多く、法人化の損得を左右する大きな要素です。
一方で、厚生年金への加入は負担ばかりではありません。厚生年金に加入すると、将来受け取る年金が国民年金(老齢基礎年金)に上乗せして、老齢厚生年金を受け取れるようになり、老後の年金額を厚くできます。また、障害厚生年金・遺族厚生年金といった保障や、傷病手当金・出産手当金など健康保険の給付も手厚くなります。増える保険料負担を、こうした将来の給付とあわせて総合的に見ることが大切です。
保険料率は改定されることがあります。最新の料率は日本年金機構・全国健康保険協会(協会けんぽ)の公表資料でご確認ください。
赤字でも法人住民税の均等割がかかる
個人事業主は赤字なら所得税・住民税(所得割)は発生しませんが、法人は赤字でも法人住民税の均等割を納める必要があります。金額は自治体や資本金・従業員数で異なり、最も小規模な区分でも年7万円程度が一つの目安です(具体額は各自治体の条例により異なるため、必ずお住まい・所在地の自治体で確認してください)。
設立費用・事務負担・税理士報酬
法人の設立には登録免許税などの費用がかかります。設立後も、決算・法人税申告は個人の確定申告より複雑で、税理士へ依頼するのが一般的です。帳簿・申告・社会保険の手続きなど、事務負担とコストが増える点は見込んでおく必要があります。
法人化を検討する目安とその落とし穴
法人化の目安として、世間ではしばしば次のような数字が語られます。いずれも広く流布している一般的な目安に過ぎず、そのまま当てはまる保証はありません。
- 所得(事業のもうけ)が年900万円前後を超えたころ:所得税の税率が上がり、法人税率と比較して法人が有利に傾きやすいとされる水準として、しばしば挙げられる目安。
- 課税売上高が年1,000万円を超えたころ:消費税の課税事業者になる基準(No.6501)と重なるため、法人化を検討する契機とされることがある目安。
これらの数字だけで判断するのは避けるべきで、特に次の点に注意が必要です。
- 社会保険料の負担:税金だけ見れば法人が有利でも、社会保険料の増加分を含めると手取りが逆転することがあります。
- インボイス制度の影響:かつては「法人化後の一定期間は消費税が免税」とされることがありました(新設法人は基準期間がないため、資本金等の要件を満たせば原則として設立当初の課税期間は納税義務が免除されます)。しかし、適格請求書発行事業者(インボイス発行事業者)として登録すると、登録日から課税事業者となり免除されません(国税庁 No.6501)。取引先がインボイスを求める場合は登録がほぼ前提となるため、この免税メリットを見込めないケースがあります。
つまり、損得は所得水準・社会保険・消費税の状況を合わせて試算しないと判断できません。目安の数字だけで「法人化すれば得」と決めるのは避けるべきです。
判断の進め方
法人化を検討するときは、次の順で進めると整理しやすくなります。
- 現在の事業所得・売上の水準と、今後の見通しを把握する。
- 法人化した場合の「法人税+役員個人の所得税+社会保険料」と、現状の「個人の所得税・住民税・国民健康保険等」を試算して比較する。
- 税負担だけでなく、信用力・資金調達・事務負担・消費税(インボイス)も含めて総合的に判断する。
- 判断に迷う場合は、シミュレーションを含めて税理士に相談する。
法人化は一度行うと元に戻すのが容易ではないため、短期の節税効果だけでなく中長期の見通しで判断することが大切です。
まとめ
- 法人成りは、所得税(累進)と法人税(比例)の税率構造の違いや給与所得控除、赤字繰越10年、信用力・有限責任などのメリットがある。
- 一方で、社会保険の強制加入、赤字でも法人住民税の均等割、設立費用・事務負担といったデメリットもある。
- 「所得900万円」「売上1,000万円」などの目安は参考にはなるが、社会保険料やインボイスで損益分岐が変わるため、有利・不利は一概には断定できない。
- 損得は税金・社会保険・消費税を合わせた試算で判断し、迷う場合は税理士へ相談を。
根拠・参考(一次情報)
- 国税庁タックスアンサー No.5759「法人税の税率」(令和7年4月1日現在法令等/参照 2026.07)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5759.htm - 国税庁タックスアンサー No.2260「所得税の税率」(超過累進税率5〜45%の7段階/参照 2026.07)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2260.htm - 国税庁タックスアンサー No.1410「給与所得控除」(参照 2026.07)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1410.htm - 国税庁タックスアンサー No.5762「青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除」(参照 2026.07)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5762.htm - 国税庁タックスアンサー No.6501「納税義務の免除」(消費税の免税と適格請求書発行事業者の登録/参照 2026.07)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6501.htm - 個人の純損失(青色申告)の繰越3年=所得税法第70条、法人の欠損金繰越10年=法人税法第57条、消費税の納税義務免除=消費税法第9条ほか(e-Gov法令検索)。法人住民税均等割の具体額は地方税法および各自治体の条例による。
本記事は、国税庁タックスアンサー・e-Gov法令検索等の一次情報と照合したうえで、税理士の監修のもとに公開しています。
最終更新日:2026.07.04 対象読者:中小企業の経営者・経理担当者・個人事業主

